pc4beginnerの日記 はてなブログ版

はてなダイアリーで書いていたブログの移行です。

可視化してどうなるか、をちゃんと考えよう。

「可視化」って流行のキーワードですが、どの組織(会社)でもほいほいこれを推し進めるのはいろいろ問題があります。例えば経営の透明性とか、組織の問題点を共有するとか、お金の流れを見えやすくするとか。並べると「必要じゃん?」と思うことが何故危険なのか。

理由は、危険な状態の組織でこれをやると問題が見えすぎて参加者の離脱を招いたり、問題点が解決できないことが分かって組織全体に倦怠感がただよってしまうなど、ネガティブな要素が見えることにより、それが加速してしまう危険性があるって事です。

もちろん可視化は必要な作業です。問題点が見つけやすくなることで対処がしやすくなりますし、隠蔽がしにくくなれば結果として自浄作用が働くようになるになります。また、情報伝達がしやすくなることで「知らない」が言いにくくなり、個々の作業の連携が産まれ、結果として組織の動きにスピードが付くからです。

可視化とは、つまり情報を流すことでもあるのです。世の中のスピードが上がって居る中で、このようなメリットを放置するわけにはいかないでしょう。

しかし先に挙げたような危険性を十分認識した上で可視化を進めていかないと、情報過多になり、組織の意識が統一できなくなってしまいます。二律背反となってしまいますが、「情報を伝達」させる前に「情報を伝達」させておく必要があるのです。大量の情報を伝達させる前に、根底となるコアな情報についてきちんと共有しておかないと、大量の情報が流通する中で根っこを見失い、組織は暴走をはじめてしまいます。

反面教師として絶賛活躍中なのが民○党という組織です。鳩○っぽ総理が一生懸命「友愛」を説いても、背後の○沢一郎幹事長の豪腕が唸る度に「友愛」が見えにくくなり、結果として大臣のコメントが右往左往します。大臣ですらぶれるのですから、他の下っ端議員達は言うまでもありません。「友愛」という根底の意思疎通が図れていない証拠です。

むろん、「友愛」という言葉についての意思疎通は日々テレビに情報をリークし続けるK察庁ともしておくべきでした。意思疎通のはかり方はいろいろあるのでやり方は割愛しますが、きちんと意思疎通が図れていれば幹事長の問題と自分の問題をチクチクいじめ続けられずに済んだでしょう。

「政権終わったらいくらでも話すから、ちょっと待っててね。友愛の精神で」

なんて言えば、経済や政治の基盤を揺るがすことなので、国民の反映=税金の増加=俺たちのメシの種である国家公務員だって目立ちたがりの精神を一時封印して爪を研いでいるだけで済んだのでは無いでしょうか。

私の知っている組織では一旦情報を封鎖し、繁雑さを理由に様々な作業を整理、廃止しています。うまくいってないものは潰すべきですし、既得権の絡みを断ち切るには一時的なブラックボックス化も物事の進めるスピードいう点に絞れば効果的だと思います。

しかし整理後の可視化を怠れば、問題点が隠蔽しやすい土壌が残り、情報が流通しにくくなる問題は確実に進行します。特に情報はお金と共に組織の「血液」とも言うべき大切なものですから、整理が一段落した後に、コスト(カネ、時間)をかけずに情報を「可視化」するビジョンを同時に考えておかないと、「血液」を再度流そうとする力が生まれなくなるのではないか、なんて考えたりします。

解決策?システム化を進めれば良いんじゃ無いでしょうか。

ちなみにコンピュータ化、ではないですよ。システム化です。システムを導入するのは「コンピュータ化」で、物事を整理し、より良い方向に導くのが「システム化」だと勝手に思っていますが、不思議な事にシステム化を進めた組織は自動的に可視化も進みます。

というわけで、その組織にもシステム化を進めて見ようと思います。可視化を嫌がってるのであれば拒否するでしょうし、問題を理解しているのであれば話を聞くでしょうから。